大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)327号 判決

京都市中京区三条通高倉東入る桝屋町五三番地

控訴人

株式会社 星久

右代表者代表取締役

松居久左衛門

右訴訟代理人弁護士

田辺哲崖

右訴訟復代理人弁護士

田辺照雄

原井竜一郎

同市同区柳馬場通夷川下る

被控訴人

中京税務署長

右指定代理人

水野祐一

井野口有市

渡辺辰治郎

福島正敏

内堀昭二郎

頭書の事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、昭和二六年七月三一日付でなした昭和二五年一月一日より同年一二月三一日までの間の事業年度の控訴人の所得金額を五、八三一、一〇〇円、法人税額二、〇四〇、八八〇円とした更正処分を所得金額五、〇六一、六〇〇円、法人税額一、七七一、四九〇円と変更する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、左記の一ないし三を付加する外、原判決事実らん記載のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(1)  役員賞与の損金性について。

原判決は、まず法人税法第九条第一項にいわゆる「総損金」とは「法令により別段の定めあるものの外、資本の払戻又は利益の処分(対資本主取引)以外において総資産の減少の原因となるべき一切の事実」であるとし、株式会社の役員賞与金とは、「会社に利益が生じた場合に、本来株主に帰すべき利益を株主の意思に基いて取締役、監査役に対し支給される謝礼金であつてそれは利益処分たる性質を有するものであり(中略)、会社に利益が生ずると否とを問わず会社が委任ないし準委任契務約上の債務として支給する報酬とは全くその性質を異にするもので、取締役、監査役に対する報酬が会社の必要経費として法人税法上損金算入を認められるのに反し、役員賞与は、利益金の任意処分たる性格を有し、とうていその事業遂行に必要な経費といえない。」として、結局、役員賞与の損金性を否定しているのである。しかし、控訴人は、右規定にいわゆる「総損金」を法令に別段の定めのあるものの外、資本の払戻以外における純資産の減少額をいうものと解し、原判決とは見解を異にするものである。仮に、総損金の意味を原判決と同趣旨に解するとしても、原判決のように、しかく容易に、役員賞与が総損金に含まれないと断定することはできないと考える。すなわち、原判決は上述のように、役員賞与は、元来株主に帰すべき利益の中から支給される謝礼金、利益処分金の一であつて、従つて、対資本主取引であり総損金の外にあるものと解するものの如くである。しかし、役員賞与が謝礼金(利益処分金の一)であるか否かがまさに問題とされなければならないのである。今日の経済情勢下においては、一般的に、賞与は、単に労をねぎらうための謝礼金としての性質を具有するものと解せられるべきものではなく、ある事業に提出せられた労務の対価として報酬(賃金)の補足としての性質を具有するものに質的変化を来してしまつているものと解せられるべきことに着眼せねばならない。そして、このことは、役員と使用人とでは労務供給の形態に差があるとはいえ、賞与が役員に対して支給されるものであるにしても、また、使用人に対して支給されるものであるにしても、その実質上の差異はない。殊に、現時におけるように、資本と経営の分離が見逃せない事実を看過してはならない。法人税法取扱基本通達二六四によれば「法人がその使用人に対し支払した賞与を損金として計算した場合はこれを認める。」としており、右は、使用人に支給される賞与が損金として計上され得るものであることを前提としているものである。そして、使用人賞与がいかなる理由によつて損金たり得るかといえば、かような賞与が実質的な報酬(賃金)としての性質を具有するからであると解する外に妥当な結論は、生じて来ないのであろう。しかるに同通達二六六は、「法人が利益処分をもつて役員又は使用人に支給した賞与は如何なる場合においても、これを損金に算入しない。」とし、賞与を記帳上利益処分として扱うか否かによつて、これに損金算入を許すかどうかを決定づけようとしている。しかし、これは正当でない。けだし、そうした記帳上の形式のみが賞与金の性格を左右するいわれはないからである。

更に、同通達二六三はいわゆる使用人兼務役員の賞与につき、使用人としての賞与については、一定の条件下に、損金として認められる外は、全面的にその損金算入を否定している(同通達二六二参照)。しかしながら、いかなる理由によつて、役員賞与を使用人賞与と区別して取扱うのか理解に苦しむところである。もし通達が役員賞与のみは、旧熊然たる謝礼金の性質しか具有していないからという理由をもつてするのならば、それは、既述のように、役員賞与は、労務提供の形態の差こそあれ、使用人と同様に法人事業のために労務を提供している役員に対して支給される報酬(賃金)の補足的なものであることを看過していることに基ずくものである。もつとも、実質的に会社の利益処分金とさるべきものをも含めて役員賞与の名の下に記帳上損金として計上することは勿論可能である。これに対して、税務対策としてともすれば法人内部における事実上一切の権限を掌握している役員が賞与の形態で不当な収入を得ることによつて法人の実質的な利益処分金までも経費として計上する危険を防止するために賞与の形式をとつた過当な役員収入に相当する部分のみを実質的な利益処分金として取扱う必要があることは考えねばならない。しかしながら、たとえ、その必要があるからといつて、直ちに実質的に会社の経費の一部たる補足的賃金の性格をもつ賞与である部分までもひつくるめて大雑把に利益処分として取扱つてしまうことは不当ないし不法である。まして、一片の通達をもつて、役員賞与を利益処分として取扱うこととするのは、租税法律主義に反するものといわなければならない(憲法第八四条参照)。そして、この点につき立法措置がとられる場合には、役員賞与の実質に留意して、現時の経済情勢に応ずる適正な規定が設けられるべきである(かような意味から、法人税法施行規則第一〇条の四は適正な規定とは解し得られないものである)。原判決は、右述のような誤れる行政見解(通達)を支持したのであつて役員賞与の実質性格を究明せず、役員賞与を利益処分と解し、これを法人税法第九条第一項の総損金には該当しないとすることによつて、誤つて控訴人の主張を排斥したものである。

(2)  店舗改造修理費の損金性について。

原判決は、その理由において、昭和二八年政令第一六三号による改正前の法人税法施行規則第一〇条の二の規定は、「当該固定資産が自己所有であると賃借物乃至無断転借物であるとにより、その扱いを異にすべきものではない。」と解して、本件店舗改造修理費を損金に算入することを否定し、減価償却によるものとしているが、同条には明かに「その有する固定資産について」と規定されているから、本件の場合には適用を見ない規定であると解するのが当然である。

(3)  被控訴人主張の後記二の(1)、の各事実は認める。

二、被控訴人の主張。

(1)  本件什器備品は、昭和二六年大蔵省令第四九号による改正前の法人税法施行細則第二条別表の一の「工具、器具及び備品」の項の「器具及び備品」中金属製以外のもの(耐用年数一〇年)に該当する。

(2)  本件の改造修理にかかる店舗は、被控訴人主張の転借建物(木造で昭和二〇年以後に建築されたもの)の一部を控訴人において木造の店舗に改造修理したものである。

(3)  前記一の(1)における控訴人の法人税法取扱基本通達は不当、違法である旨の主張について。

税法は、その対象とする社会経済事象が広汎かつ複雑で、絶えず生成変動を繰り返しているのにかかわらず、その解釈適用については、常に公正妥当性を要求されている。しかも、法の一般的抽象的な表現を生起する複雑な経済事情に即して適切な判断を下すために法の解釈が必要である。よつて、税務行政の画一公正を期する目的で上級庁が下級庁に対し税法の解釈や適用の基準を通達等の形で示達するのはやむを得ないものとされる。勿論租税法律主義の要請に従い、これら通達を極力整理し、それを法律事項として規定し法律生活の安定をはかることが望ましいとしても、前述のように、税法の対象とする社会経済事象は、極めて複雑多岐であつて、それらを逐一法律事項として規律するには、おのずから制約が存するのであるから、単に一片の通達により課税されていると論難すべきではなく、むしろ、通達そのものが税法の正しい解釈を示すものであるかどうかが問題とされるべきである。ところで法人税法取扱基本通達二六二において示された役員賞与金を益金処分とする取扱は、税 法の正しい解釈を示すものであつて、従来多数の判例によりその公正妥当性が支持されている。控訴人の所論は採るを得ない。

(4)  控訴人の前記一の(2)の主張ついて。

所論法人税法施行規則第一〇条の二の規定は、その趣旨が固定資産の修理改良等の名目で支出したものであつても、その支出によつて、固定資産の耐用年数を延長し、あるいはその価値を増加するような場合には、その名目にかかわらず資本的支出とするというにあつて、いわば、税法の実質的考察の立場を明確にしたものである。従つて、そのことは、その固定資産が自己所有であると、他人の所有する固定資産を賃借(転借を含む。)している場合とを問わず、その支出が資本的支出であるときは、損金に算入しないと解すべきである。控訴人の所論は正当でない。

三、証拠関係

控訴代理人は、新たに甲第一号証を提出し、被控訴人指定代理人は、その成立を認めた。

理由

当裁判所は、控訴人の本訴請求を失当であると判断するのであるが、その理由は、左記のとおり訂正、付加する外は、原判決理由と同じであるから、これを引用する。

(一)  原判決一〇枚目裏第九行の「原告の主張」とある次に、「及び成立に争のない甲第一号証中の田中勝次郎氏の見解」を加える。

(二)  同一一枚目裏第一行及び第五行の各「什器備品」とあるを「工具、器具及び備品」と改め、同第七行の「本件什器備品」とあるを「本件什器備品(本件什器備品が右別表一の「工具、器具及び備品」の項の「器具及び備品」中金属製以外のものに該当することは、当事者間に争がない。)」と改める。

(三)  同一二枚目表第四行の「なお」以下同第六行目の末尾まで全部を「なお、右改造修理にかかる店舗は、右転借家屋(昭和二〇年以後に建築された木造のもの)の一部であつて、原告が木造の店舗に改造修理したものであることは当事者間に争がなく、右改造修理の日から本件事業年度終了の日までの日数が被告主張のように八カ月であることは、原告において明かにこれを争わないから、自白したものとみなされる。」と改める。

(四)  同一五枚目第一〇行の「規則九条にいう貸金」とあるを「前記規則一四条のいう「貸金」」と改める。

(五)  同一六枚目裏第六行の末尾に「(なお、鑑定人田中勝次郎、同中川一郎の各鑑定の結果中、当裁判所の以上の見解に反する部分は、いずれも採用しない。)」を加える。

(六)  控訴人の前記一の(1)の主張について。

株式会社の役員賞与を損金として計上すべきであるとする控訴人の所論は、当裁判所が引用する原判決理由らん一に説明してある原審支持の見解と異るものであつて、当裁判所はこれを採用しない。また、原審支持の見解が法人税取扱基本通達二六二の見解と同趣旨であることは、控訴人主張のとおりであるが、原審は、無批判的に同通達に従つたものでなく、原判決理由らん一に詳述してあるような理由のもとに同趣旨の見解を採るに至つたものであるから、右通達を非難し、延いて原審支持の見解が誤つている旨の所論は、採用することはできない。

(七)  控訴人の前記一の(2)の主張について。

昭和二八年政令第一六三号による改正前の法人税法施行規則第一〇条の二が「その有する固定資産について」と規定してることは、控訴人の主張のとおりである。しかしこの点については、被控訴人主張のように解するを相当とする。当裁判所が引用する原判決理由らん三において原審も被控訴人と同趣旨の見解に立つて、控訴人所論のように、「当該固定資産が自己所有であると、賃借物乃至無断転借物であるとにより、その扱いを異にすべきものではない。」と判示しているのであつて、これは、税法を実質的に考察した妥当な解釈であるというべきである。従つて、所論は採用できない。

以上の次第であるから、控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきであり、これと同旨に出た原判決は相当である。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井関照夫 裁判官 安部覚 裁判官 松本保三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例